Hiro.G.のトランペット&フォト

東総でのジャズ生活&スナップ写真館

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真の悪者

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『天保水滸伝』は天保15年(1844年)に東総で起こった、笹川繁蔵と飯岡助五郎の博徒争いの話です。飯岡一家が笹川へ斬り込みを敢行したものの笹川繁蔵側が勝利、しかし警察権力を利用した助五郎の謀略のもとに繁蔵は追放、暗殺されてしまいます。講談では滅びた繁蔵を善者、権力について生き延びた助五郎を悪者と割り切っていますが、これは物語として大衆受けを狙ったとともに幕府に直接刃向かうことはできないので、助五郎を通して権力側を批判したのでしょう。
 実際の助五郎は、社会事業家としてここ旭市の地元では評価を受けています。漁船が遭難すると、故郷の横須賀から若い船乗りをリクルートして、飯岡町漁業の衰退を防いだり、護岸工事を施したり、無宿人を漁夫として正業に就かせたり、などなど。簡単に善悪を判断するのは難しいようです。
 東総の農地は保水力のない砂地であったため、雨が少なければ干害になりやすく、逆に雨が降れば水没していました。さらに江戸時代中後期には噴火、津波などの天災が相次ぎ農民を苦しめました。幕府は江戸近くに権力者が生まれることを嫌って、現在の千葉、埼玉、群馬などの地域では組織化した統治を行なわせず、農民には農業技術改善を許さず従順さだけを求めました。そして収穫状況によらず厳しく年貢を搾取した結果、困窮し農地を捨てた逃散農民が増え、無宿人と呼ばれて博徒として助五郎や繁蔵の下に寄宿しました。根本的には、破綻しつつあった農民の生活になんら有効な施策を行なわなかった幕府が悪者だったのでしょう。
 世の中が歪んできても有効な政策を打ち出せない状況は、今と似ているような気がします。
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