Hiro.G.のトランペット&フォト

東総でのジャズ生活&スナップ写真館

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東総の無宿人

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関東地方は江戸幕府に近いため、反乱を防ぐ目的で大藩を置かず、分割支配されていました。例えば、東総のある村は、人口900人足らずなのに4人の領主がいました。領主は江戸に住み、委託された代官によって年貢の取立てが行なわれましたが、生活保障のための行政は一切なかったため、年貢が納められなければ処罰されるだけでした。不作や病気は一切考慮されなかったそうです。
 そんな農民たちは、娘を売り、3人目以降の子供は「間引き」または「水子」といって川に流しました。それでも年貢を納められないと、「帳はずれ」といって戸籍から抹消され親分に身を寄せる、いわゆる「無宿人(博徒)」となりました。東総には飯岡(石渡)助五郎、笹川(岩瀬)繁蔵などの親分が知られています。さらに博徒にもなれない者は「勧進(かんじん)」という乞食になりましたが、もともとみんなが困窮している農村では生き続けることはできなかったそうです。
 東総の土地は保水力が弱く、利根川の氾濫や干ばつが頻繁だったため、年貢を納められない人々が続出しました。当時の農民には「歌舞音曲、遊芸は習うべからず」という厳しい規則もあったそうです。生活が安定するには、何と昭和中期の治水事業を待たなければなりませんでした。
 現在の東総は水害もなく、農業生産高は市町村単位では全国1位だそうです。夏は涼しく、冬は温暖で、音楽を嗜む中年「無宿人」たちも生息しています。
 
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